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3)スケッチ(3) ぼくは、たちまち後悔することになった。 思った以上に、その山の登りがきつかったからだ。 道そのものは、けもの道に毛の生えたほどのものだったけれど、いちおうひとが歩けるようにはなっていた。時々、山菜やきのこ採りにひとが入るかららしい。 その道を、トモタともうひとり、女のひとが平地を歩くような調子でどんどん登って行く。 トモタのおばあさんだった。 おばあさんといっても、まだ60半ばくらいだから、それほど年寄りといった感じではなかったけれど、それにしてもすごい健脚だった。 朝、うちでトモタを待っていると、ふたりがやって来たのだ。 「ばあちゃんが、いっしょに行くってさ」 「おはよう。あんたが、俊ちゃんかい。 あそこは、迷うようなとこでもないけど、昔からこどもだけで行っちゃいけない場所なんだよ。 今日は、おばさんがついて行ってやるからね」 「何で、こどもだけじゃいけないんだよう。 別に危ないところじゃないぜ」 トモタが、不満そうな声を上げた。 「こどもだけだと、恐いことが起きるっていわれているんだよ」 「恐いことって?」 ぼくが聞くと、 「そりゃ、恐いことさ」 おばさんは、そう言って笑うだけだった。 話し声を聞いて、母さんが出てきて、おばさんに挨拶した。 「済みませんねえ、よろしくお願いします」 「はいはい。 ところで、あんたさんは、川田さんとこのご親戚?」 「え? 川田、ですか? いえ、川田という親戚はありませんけど…」 「あら、そうなの。 おたくの息子さんが、あそこの嬢ちゃんによく似てるから、てっきり親戚かと思った」 「川田さんて、誰だ?」 トモタも知らないらしく、そう聞いた。 「ほら、分校借りてる」 「ああ。でも見たことはないや」 話が、どんどん関係のない方に流れて行きそうなので、ぼくは、 「そろそろ、出かけますか?」 と声をかけた。 おばさんがいっしょじゃ時間がかかるかな、と思っていたのだが、話は逆だった。 ふだん山登りなどしないぼくは、時々ふたりの姿が見えなくなって、一本道とは聞かされていても不安にかられては、息を切らせてかけ登るはめになった。 おばさんは、亡くなったトモタのおじいさんのやっていた病院で、看護婦をしていたのだそうだ。 そこで見初められて結婚したのだけれど、おじいさんが若くして亡くなってしまったので、あとは女手ひとつで4人のこどもを育て上げたのだという。 もともと、この土地の生まれだから、この山もこどもの時から登っているのだそうだ。 「昔から、18過ぎるまで、こどもだけで登ると神隠しにあうとか、沼にはまるとか言われててね、おばさんもいつもお爺ちゃん、これは、わたしのお爺ちゃんだけど、といっしょに登ったものさ」 途中で、一休みしたとき、おばさんはそんな話をいろいろとしてくれた。 「神隠し? 誰か、いなくなった人がいるの?」 トモタが聞いた。 「むかーしね」 「昔っていつ?」 「江戸時代じゃないの」 「なーんだ。 それって、ただの伝説じゃん」 トモタが言うと、 「伝説の中にだって、ほんとのことは紛れてるもんだよ」 おばさんは、にこりともせずに言った。 ぼくは、なんとなく首筋に冷たい風が吹きつけたような気がして、思わずふもとのほうをふり返った。 でもまわりの草は少しもそよいではおらず、下界では、秋の日ざしにあちこちのため池がひかって見えるだけだった。 (続く)
by htmkuromame
| 2005-06-20 21:28
| 連載小説
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