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ただ、困ったことは、その情報が正確だという保証はどこにもないということだ。 「21世紀・100年カレンダー」は、放送作家で記念日協会の代表でもある加瀬清志氏が製作したものだが、氏の日記に「どうやらまた誰かがブログに書き込みをしているらしい。それは作家の井上ひさしさんが「100年カレンダーを見た人の何人かが自殺をしてから発売禁止になった」と書いた文章を読んだことがあるというもので……」という一文があった。 確かに、井上ひさし氏の「私家版 日本語文法」という本の中の「時制と体制」という章の中に、(要約すると)「また、筆者の体験を書き連ねておくと、あれはもう十年も前になるが…」という書き出しで、「1970年から2069年まで」の新聞紙の倍の紙に印刷されたカレンダーを買って部屋に貼って眺めていると次第に沈んだ気分になり、その日の仕事はやめて「うどん喰って寝てしまった」とあり、その後友人が持ち去ってしまったので、また買いに行くと、女店員に「カレンダーを眺めているうちに自殺した人が二人も出たんだそうです」それで発売禁止になったと言われたというエピソードが出てくる。 本が書かれたのが1978年〜1980年で、これは最初の方にある章の文章だから、おそらく1978年のものだろう。その十年前というと1968年頃ということになるから「1970年から2069年までのカレンダー」というのもなんら矛盾はない(別に、井上ひさし氏の書いた文章を疑っているわけではない)。 ただ、自殺者が出た「らしい」というのは、女店員が言っただけのことであり、事実かどうかはまったくわからない。 落ち込んだ気分になったものの、わざわざまた買いに出かけたのだから、井上氏もそれほどの「もの」とは思っていなかったはずである。 さて、ここに、もうひとつの話のネタになっているらしい文章がある。あるサイトの中の一文なのだが(「100年カレンダー」でググると真っ先に出てくるから、誰でも読めるはずである)、その文章も「あと1枚か……」(中略)「10年ほど前のことだろうか、「100年カレンダー」が……」という書き出しではじまっている。 おや、井上ひさし氏と同じカレンダーの話なのかな?と思って、その文章の書かれた日付を見直すと、1998年の12月になっている。つまり、そのカレンダーは、井上ひさし氏が買ったカレンダーからまる20年後の1988年に売りに出されたもの、ということになる。 そして、そのカレンダーも1年で発売中止になり、その理由は「自殺者が4、5人はいたようだ」から、ということになっている。 この話でも「自殺者が出たようだ」というだけで、それが本当の話なのかどうかは確かめられない。 さて、ここで疑問が出てくる。 この2つの「100年カレンダー」は同じものなのか、まったく別のものなのか?(20年も離れているのだから、まず同じものということはあるまい。1988年頃のものが実在したとしての話だが)。 違うものだとすると、そのカレンダー製作者は「前のカレンダーにまつわる悪い噂」を知らなかったのだろうか? 100年分のカレンダーを作るというのは、パソコンを使ってさえ大変な作業である(ただ単に数字を並べていけばいいというものではない)。 もし製作者が業界の人間であったら、「100年カレンダー=自殺者」という話を知らぬはずはないと思うのだが…。 それに、「発売中止になるまで1年間も売られつづけて」いたのだから、まだ持っている人がけっこういてもおかしくはないのではないか(わたしは持っている、という人の文章はまだ見かけていない)?発売されてから20年弱しか経っていないのだから。 そして、20年経って、そっくり同じことが繰り返されるというのもいかにも不思議なお話ではなかろうか? という疑問である。 で、さらにこの2つが元ネタとなって、一種のネットロア(ネット伝説)を誰かが作り出しているということなのだろう(検索してみても、今のところあまり広がってはいないようだが)。 もとの話が「らしい」と「ようだ」という伝聞なのである。その文章をネット上で見て孫引きする人はもちろん自分で情報のもとを確かめるようなことはしていない。 こうして「らしいとようだ」というあいまいな存在は「こうだそうだ」という妖怪に昇格して、ネットの海の中に広がってゆくのである。 ある意味、その方がよほど「恐いこと」のように思うのだが…。
by htmkuromame
| 2005-09-08 15:10
| 雑多な感
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