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7)秘密(3) きらのお父さんは、「ちょっと話があるんだけどいいかな」と言って、ぼくを軽トラの助手席に乗せると、そこから10分ほど走った小高い丘の上にある一軒の喫茶店につれて行った。 喫茶店は、レンガ色のスレートぶきの屋根に黒っぽい板張りの壁の建物で、大きな欅の木が何本もその建物を囲んでいた。 「けやきの丘」という、なんだかそのまんまだなあという店の名前が、入り口のドアに金文字で細く埋め込まれている。 その欅のおかげで、丘の下からだとその店はほとんど見えず、上り道の入り口にある小さな板の看板を見落としてしまえば、喫茶店の存在に気づくひとはいないだろう。 こんなところで、商売になるのかなあと、ぼくはよけいな心配をしてしまった。 そんなぼくの思いを見ぬいたかのように、きらのお父さんはふり返って、 「この店、手作りケーキがうまいのでちょっと知られてるんだ。 わざわざ、東京から来る客もいるくらいでね。 いわゆる隠れた名店ってやつだね」 と言ったあと、 「実は、開店するとき、店の内装を頼まれたから私も知ってるんだけどね」 そうつけ加えて、いたずらっぽく笑った。 確かに、きらの言うとおり見かけより子どもっぽいところがあるのかも知れない。 お父さんは、カウンターの中にいたマスターらしいひとにあいさつすると、ぼくを一番奥のテーブルに案内した。 店の中には、ほかに観光客らしい若い女の子のお客が何組か入っていたけれど、そこの席は、ちょっとしたしきりの陰になっていて、ほかのお客からは隔てられたかっこうになっていた。 そこにある小さめの窓からは、欅のふとい樹の間からかすかに千曲川の流れが見えて、額縁に入った風景画を見ているようだった。 多分,それを意識してその窓はそこに開けられているのだろう。 「ここは、私の注文でね。 ひとりかふたりで、ほっとできる空間を作らせてもらったんだ」 お父さんがそう教えてくれているとき、マスターが注文を取りに来た。 眼鏡をかけた、秋風に吹かれたらそのままどこかへ飛んでいってしまいそうなひょろりとしたひとだった。 「いつものセットをふたつね」 お父さんが言うと、マスターは黙ってうなずいてカウンターの中にもどっていった。 「クルミのパウンドケーキとコーヒーのセットだけど、よかったかな?」 「はい。 あの…、ケーキは、今のひとが作ってるんですか?」 「いや、彼の奥さんが作ってるんだよ。 はは、ケーキ職人にしちゃやせ過ぎてると思ったんだろ」 また、お父さんはぼくの心を読んだかのようにそう答えた。 「さてと、せっかくスケッチしてるところを来てもらったのには、大事な話があるんだ」 運ばれてきたケーキを食べながら、お父さんが話しはじめた。 「この間は、ほかのひとたちがいたから話せなかったんだけれど、俊くんのお父さんのことだよ」 ぼくは、心のどこかで、ああやっぱりと思っていた。 何が、やっぱりなのかは、もちろんそのときは判らなかったのだけれど。 (続く)
by htmkuromame
| 2005-10-04 18:31
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