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昨日は、学校で、映画鑑賞会があった。 今回は、「ハリー坊ちゃんとやせ我慢の習字」だった。 内容は、ハリー坊ちゃんが、慣れない習字と格闘して、ついにそれを自分のものにするまで、を描いた超感動的なお話だ。 ハリー坊ちゃんというのは、カメリア国からやって来た留学生という設定で、これがシリーズの3本目になる。 1本目が、「ハリー坊ちゃんと、検査の医師」。留学のために、我が国にやって来たハリーが、入国検査の時、大嫌いな予防注射を巡って医師と様々な問答をした末に、ついにはお大人の言うことを聞くことがいかに大事かを悟って、最後に検査の医師と手を取りあって涙を流し、注射をして頂くというお話。 2本目が、「ハリー坊ちゃんと秘密のヘア」。タイトルからして、ちょっと胸がときめいたが、年ごろになって、思わぬところに毛の生えてきたハリーが、散々悩んだ末、ついに、校医の先生からまじめな性教育を受けて人体の神秘に感動するという、まあ、このシリーズの中では、多少ユーモアはあるが、言ってしまえば単なる性教育映画だ。 昔、このシリーズに似たタイトルの、カメリア国製のファンタジー映画があったそうだが、この国では、今のガチガチの保守政権になってから、「荒唐無稽」とされた映画は、まったく上映されなくなってしまった。 もちろん、憲法では、「表現の自由」も、それを「観賞する自由」も保証されているはずなのだが、今の大統領は、憲法など屁とも思っていない男なのだ。 だから、この国の人間は、18才になるまで、一般の映画館で映画を観ることが禁じられている。 映画を観られるのは、学校の映画鑑賞の時間だけである。 それも大抵、政府芸術省監修の教育映画ばかりだ。芸術省なんて作るくらいだから、大統領自身は映画が大好きで、自分は外国の映画もみんな観ているらしいという噂だが、国民は、その大統領がいちいち目を通した作品しか見ることが出来ない。 では、何故、我が国より自由な映画が作られているはずの、カメリア国のハリーが主人公なのかというと、カメリア国が、我が国の最友好国だからにほかならない。 何せ、強固な軍事同盟を結んだ上、カメリアの軍事基地が我が国の18分の1を占めている現状なのだ。 自由と平等を謳い文句にしているかの国が、なぜ、我が国とこんなに緊密なのか、現代の七不思議と言われているが、単に、大統領同士が大学の同級生だった頃からの遊び仲間だからだ、という説もある。 まあ、そんなことはどうでもいいのだが、面白い映画が観られないとなると、どんなことをしても見たくなるのが人情というものだ。 この国では、もちろんテレビは検閲を受けているし、個人がインターネットに接続することも携帯電話を持つことも禁止されている。 それらの機器の製造輸出が最大の産業であるのに、何とも矛盾した話だ。 で、その矛盾からこぼれ落ちてくるものがある。 今夜は、親友のFの家でDVDの観賞会があるのだ。Fの親父さんは、有名な電気会社の社長で、その上芸術省の「視聴覚教育審査委員」をやっているのだ。 当然、闇から闇に葬られたはずの映画やテレビドラマの違法コピーが、いくらでも手に入る。 だから、僕らも、こうして時々そのおこぼれに預かれるというわけだ Fの親父さんは、その昔「オタク」と呼ばれる危険思想の持ち主だったらしいのだが、その過去は、Fやその親友である僕ら数人しか知らない。 Fの親父さんは、自宅の地下室の小さな映画館で、DVDの機械をセットしながら、とても危険思想の持ち主だったとは思えないにこにこした顔で、こう告げた。 「さ、今夜は、最高の危険映画だ」 僕らは、そう聞くだけでどきどきしてしまう。 部屋の中がすっと暗くなり、『トラえもん』がはじまった。
by htmkuromame
| 2004-07-04 17:58
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