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3)スケッチ(5) 彼女は、背中からデイパックを降ろすと、なかから小さめのスケッチブックを取り出して、今までぼくが腰を下ろしていた倒木に腰かけた。 どこが似ているんだろう?ぼくは、彼女の横顔をぼけっと眺めながら考えていた。 「描かないの?」 彼女は、スケッチブックを開くと、さっさとその上に鉛筆を走らせはじめながら聞いた。 「え? ああ、描くけど」 ぼくは、間抜けな返事をして、彼女から少し離れたところにまた腰を下ろした。 スケッチブックを広げなおしたけれど、となりの彼女が気になって、鉛筆はほとんど動かなかった。 「あなた、中学生?」 相変わらず、スケッチブックの上で手を動かしながら、彼女が聞いた。 「うん」 「ここへは、よくスケッチに来るの?」 「いや、今日はじめてだけど…」 「そう。 わたしは、よく来るのよ。 ここは、景色もいいけど、いろんな植物があってスケッチにはいいところよ」 「あのー、お姉さんも、美術クラブか何かで?」 「お姉さん? はは、確かにこっちのが年上だけどね。 まだ、高2なんだから、お姉さんはね。 クラブには入ってないわよ」 「ごめん。 ぼくは、まだ中2だから…」 ぼくは、言葉の接ぎ穂をうしなって、返事にならぬ返事をかえした。 「わたしはねえ、川田きら、っていうのよ。 きみは?」 彼女は、スケッチブックから顔を上げると、その大きな目でぼくの顔をのぞき込んだ。 どきっとした。 「しゅ、俊です。菅谷俊」 「ふーん、俊くんか。 わたしは、きら、でいいわよ」 「きら、さん?」 「そ、光に彩り、光彩って書いてきらって読ませるの。 そんな読み方はないんだけどね。親の趣味よ。 まあ、嫌いじゃないからいいんだけど」 それだけ言うと、彼女はまたスケッチに集中しはじめた。 横目でのぞくと、紙の上には大胆な線で、でも確実に湖の景色が写し取られていく。 美術クラブには入っていないと言ったけれど、本格的に絵を習ったことのある線だな、と思った。 自分のスケッチブックに目を戻すと、ぼくは情けない気分になったけれど、となりで熱心にスケッチを続けている人間がいるのに、こちらも放りだすわけにも行かなくなってしまった。 しばらくすると、ぼくもいつの間にかスケッチに集中しはじめていた。 「あれえ」 というトモタの声で我にかえったのは、湖の景色がほぼでき上がったころだった。 (続く)
by htmkuromame
| 2005-07-06 18:56
| 連載小説
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