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6)冬のゆうれい(4) 軽トラックの横に、「父さん」が立っていた。 しらがの混じった髭はのばしていたけれど、それは確かに「父さん」だった。 「父さん」は、灰色のつなぎの作業着についた泥をはたくと、玄関のドアを開けて学校の中に入ってきた。 ぱたぱたと、スリッパの音が廊下から聞こえる。 やがて、「父さん」のゆうれいは、作業場の入り口からなかをのぞき込んで、 「やあ、いらっしゃい」 と、ぼくとトモタに声をかけた。 その声も「父さん」のものだった。 「おじゃましてます」 トモタが、陽気な声であいさつをした。 ぼくは黙っていた。いや、口をひらくこともできないでいたのだ。 どうしたのという顔で、トモタときらが、ぼくの方をふりむいた。 「あ」 と、きらが声を上げて、大きな目をよけい見ひらいた。 「どうしたんだよ」 トモタが聞いた。 「だいじょうぶかい?」 「父さん」が、こっちに近づきながら心配そうに聞いた。 ぼくは、思わずうしろによろけた。その拍子に、右ひじが立て掛けてあった板に当たって、がたんと大きな音を立てた。 その音で、ぼくは我にかえったのだけれど、ついでに腰が抜けてその場にへなへなと座り込んでしまった。 「具合が悪いんじゃないの?顔がまっさおよ」 きらが、かけ寄って、さっとぼくの額に手をあてた。 「熱はないみたいだけど。 立てる?」 「うん」 ぼくが、ふらつく足で立ち上がろうとすると、「父さん」が、ぼくの腕をつかんで助けてくれた。 その手は、ぼくの父さんよりずっとがっしりとしていて、よく日に焼けていた。 近くで、よく顔を見ると、ほほの肉もずっと引き締まっていて、微妙に「父さん」とはちがっていた。 でも、校庭に立っていたときの姿やふんいきは、どう見ても「父さん」だったのだ。 「ぼくの顔に何かついているかい?」 「父さん」、いや、きらのお父さんは、鼻の下の口ひげをかきながらすこし困ったように聞いた。 ぼくは、それこそ、穴のあくようにお父さんの顔を見つめていたのだ。 「あ、すみません。 あんまり、よく似てたもんだから、びっくりしちゃって」 「へえ。 パパが、誰に似てるの?」 きらが、聞いた。そうか、ふだんはパパって呼んでるんだな、と、ぼくはひとつよけいなことを考えてから、 「ぼくのとう、いや、死んだ父そっくりに見えたから。 こうして近くでよく見るとちがうところもあるみたいなんだけど…」 そう答えた。 答えながら、ぼくは、以前父さんが話していた「ドッペルゲンガー」のことを思いだしていた。 (続く)
by htmkuromame
| 2005-08-19 18:55
| 連載小説
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